2024年12月17日、六古窯共創ネットワーク構築事業の一環として、「土都饗祭(どときょうさい) -soil and hands-」と題し、信楽の土の起源を辿り「土の都」の魅力を創造的に味わうイベントが開催されました。
このイベントは、世界的に有名なデンマークの「Noma」やペルーの「Central」のように、土地の食材や食文化を深く表現するレストランが増え、旅の目的地となるレストランが注目される「ローカルガストロノミー」の広がりを背景に企画されました。長い年月をかけて育まれた土壌、食、工芸の創造性を結びつけ、新たな価値を生み出せる場として、日本六古窯ならではの可能性に着目したメンバーが企画しています。
本イベントでは、六古窯の各産地の作り手や土地の表現としての器や食に興味があるゲストらが参加し、世界中のアーティストから創作活動の舞台として選ばれ続けてきた信楽の土の起源や信楽焼の歴史、文化について学んだ後、その文化を現代に受け継ぐ窯元を巡りました。夜は信楽焼の器と地元食材を活かしたディナーと共に、器と食の関係を探るトークイベントで自然と人の技芸が根付く六古窯だからこそ担いうる、世界の食文化の深化を牽引する可能性を考察しながら交流しました。今回は、その様子をレポートします。
【イベント概要】
信楽の陶器と食を味わうイベント in 信楽
「土都饗祭(どときょうさい) -soil and hands-」
日時:2024年12月17日
【行程】
12:00 貴生川駅集合
13:00 甲賀市信楽伝統産業会館
14:00 窯元散策
17:00 ディナー&トーク
19:30 シガラキ・シェア・スタジオにて解散
【イベントの様子】
<貴生川駅集合・信楽高原鐵道で、甲賀・信楽の風土を知る>
貴生川駅から信楽高原鐵道に乗り込むと、ツアーに先立ち、車内で信楽の風土や歴史、焼き物についての説明があり、信楽の特産品である朝宮茶とおにぎりとともに、車窓に見えてくる信楽の景色を楽しみました。
車内で振る舞われた朝宮茶とおにぎり
また、目的地の信楽駅に着くと、信楽焼のたぬきがたくさん。参加者もその可愛い風貌に癒されていました。
<甲賀市信楽伝統産業会館で、信楽焼を知る>
甲賀市信楽伝統産業会館では、信楽窯業技術試験場職員の髙畑氏から、信楽焼の特徴や現状を聞き、その後ミュージアム見学を行いました。
信楽の土は、古琵琶湖層の長石を多く含む花崗岩が風化してできたもの。有機物が多く含まれ、白色が特徴です。
また信楽焼は「つくれないものはない」とも評され、建材などの大物から、箸置きなどの小物まで作ることができるのも、強みの一つです。
甕(かめ)から始まり、火鉢、植木鉢、庭園用テーブルや動物や灯篭、傘立て、手洗い鉢など、幅広いやきものができるようになった背景を学びました。
そして、信楽焼と言えば「たぬき」の置き物も有名です。
1951年に昭和天皇が信楽の地に行幸された際、たぬきが全国的に注目されるようになったという歴史を聞き、ミュージアムに来るまでの道のりに置かれていたたぬきを振り返りながら、参加者たちもより一層信楽焼についての知見が深まりました。
さらに、信楽で現状行われている取組みの紹介として、焼き物とアートをつなぐ「陶芸の森」、モノ・ヒト・コト作りを行う「信楽窯業技術試験場」、信楽焼の歴史を学べる「甲賀市信楽伝統産業会館」それぞれの役割を学び、これからの信楽の可能性を感じる時間となりました。
参加者はそれぞれ髙畑氏の講義を熱心に聞き入っていた。中には海外から来訪したお客様も
その後、1階のミュージアムにて、信楽の代表的な焼き物や生産道具を見学し、さらに信楽焼の歴史と特徴を学びました。
<窯元散策で、受け継がれる営みに触れる>
伝統産業会館の見学後は、3つのチームに分かれて「窯元散策路」を中心に散策。
ディナー&トークで使われる信楽焼の窯元を訪ねて、それらがどのように生み出されているか見学しました。
卯山窯では、 従来の磁器に比べて約3倍の光透過率がある「信楽透土」の照明などの制作工程を見学しました。美しく透ける光に関することや作陶技術について、参加者から多くの質問が飛び交いました。
谷寛窯では、ガス窯・薪窯など多様な窯や、窯元散策路一帯が見渡せる展望台を見学しました。和食器をメインで作られている谷寛窯のギャラリーには、焼成中に灰がかかり、それが溶けてガラス質に変化する、信楽焼らしい自然釉の作品も。ゲスト参加していたシェフのコールマン・グリフィン氏も「この土地の風土を感じる。信楽焼らしい表情に惹かれる。」と新たなインスピレーションを受ける時間となりました。
明山窯では、陶を通じた、暮らし・文化を発信する場所として、運営されている「ogama」の紹介と登り窯の見学をしました。登り窯の一部分は、1995年頃まで実際に使われていたものです。登り窯の圧巻の大きさを目の当たりにし、参加者たちは、作業時間や作業工程など、当時の窯の様子に興味津々でした。
丸滋製陶では、手洗い鉢などの大物を作る工程の見学を行いました。ろくろを使った慎重な作業に参加者も思わず息を呑みながら見つめていました。また見学時には、傘立ての模様を掘る作業も行なっており、滑らかな職人の手捌きと繊細な仕上がりに、熟練の技を肌で感じることができました。
陶器屋では、所狭しと様々な大物陶器が並べられており、今回は浴槽の製造方法について高原誠治社長の実演を交えながら学びました。浴槽を職人が精巧に作る姿は圧巻の一言でした。
松庄はテーブルウェアを中心に提案する窯元です。奥田泰央社長に館内をご案内いただき、土鍋の制作に関する話を職人さんの実演も交えつつ、様々な技法や釉薬についてのこだわりなどを学ぶことができました。
<ディナー&トーク in シガラキ・シェア・スタジオ>
窯元散策のあとは、シガラキ・シェア・スタジオにて、日本六古窯に含まれる信楽・常滑で活躍する2人のシェフを招いたディナー&トークイベントが行われました。
シェフが地元食材を料理し、信楽焼と常滑焼の器で、この日限りの特別な料理を提供した饗祭になりました。
谷寛窯の湯呑みで振舞われた茶粥(写真右上)、明山窯のアミューズプレート (写真左下)、卯山窯のおしぼりおき(写真右下)、他にも松庄の水ボトル、卯山窯・丸滋製陶の陶器椅子、陶器屋の傘立てなどがディスプレイとして使われた
トーク:菊池博文氏
ガストロノミー(※1)を基点にレストランプロデュースやソーシャルデザインについての事例を紹介していただきました。星野リゾート時代に越前龍泉刃物のナイフを商品開発したことから感じた伝統工芸とファインダイニング(※2)の可能性や、noma(※3) kyotoスタッフの日本民藝の深い理解から生まれた食の表現により、伝統工芸と料理の親和性の深さを感じた経験を語っていただきました。
※1 食に関する文化、歴史、科学、芸術などを包括的に考察する概念。「食の学問」や「食文化の探求」といった意味も持つ。
※2 上質な料理とサービスを提供する高級レストラン。富裕層をターゲットとし、料理・サービス・空間のすべてにおいて高いクオリティを追求し、特別な食体験を提供するレストランのスタイルを指す。
※3 デンマークの首都コペンハーゲンに2003年オープン。オーナーシェフのレネ・レゼピさんが確立したニューノルディック・キュイジーヌは世界中のフーディが称賛。英紙主催「世界のベストレストラン50」では5度1位に輝き、2021年にはミシュランの三つ星も獲得。
トーク:シェフ コールマン・グリフィン氏
アメリカ カリフォルニア州出身 ・東京飯田橋「INUA」の副料理長として来日したコールマン氏。
より深く日本を経験し、ローカルな文化を見つけたいという想いから、2021年に滋賀県湖北にレストラン「SOWER」を開いたことや、料理と器の関係性についてお話しいただきました。
料理と皿の組合せは、「国によって食文化や作法が異なり、皿の形状などに目的がある。それらを理解した上で、そのニュアンスを表現しなければならない。」と土着性を大事にしているとコールマン氏は語り、参加者のコミュニケーションでは、「滋賀県の中でも湖北というローカルの地に根ざした理由は?」との質問がとび、カリフォルニア出身であるコールマンの生い立ちや、ローカルな土地へシンパシーを感じる根源に迫りました。
そんな土着性と食文化の話と共に提供されたのは、鯖寿司を盛るために作られた皿(陶芸家 篠原希氏 作)と鯖寿司(陶の辺料理 魚仙)。
まさにガストロノミーを表現した一皿で、参加者も料理と器の関係性とものづくりを肌で体感できた時間となりました。
さらにデザートには、鮒寿司の飯(いい)で作ったチーズケーキも登場し、信楽を味わい尽くすコースを堪能しました。
メイン料理:「近江鶏 塩釜(陶芸)焼き発酵キャベツのソース」の窯出し
トークのブレイクタイムとして準備されていた料理「近江鶏 塩釜(陶芸)焼き発酵キャベツのソース」の窯出しもイベントの中で実施されました。
近江鶏を谷寛窯でいただいた松葉とともに信楽焼の粘土で包んでから窯に入れて焼くことで、信楽の自然と食材が一体となった、五感で楽しむメイン料理が完成し、料理に合わせたドリンクに参加者は舌鼓を打ちました。
窯入れ・窯出しの様子(写真上)、コールマン氏も加わり調理を行なった(写真左下)、料理に合わせたドリンクの提供の様子(写真右下)
トーク:Le coeuryuzu・渡邊大佑氏、佳窯・久田貴久氏
最後に、日本六古窯の一つである常滑での事例、Le coeuryuzu(ル・クーリュズ)のオーナーシェフである渡邊氏と、盤(ban)を手掛ける佳窯(けいがま)の久田氏からお話を伺いました。
盤の始まりは、約15年前に常滑の窯元有志が発足した「盤プロジェクト」にあり、現在は参加者の一人であった久田氏が盤の生産を行っています。
プロジェクトの発足には、食器の生産が盛んでない常滑焼の新たなアイテムとして、「料理人に使ってもらえる器を作ろう」という先輩方の意識があった、と語る久田氏。
その後プロジェクトで知り合った渡邊氏から料理人のオーダーを学ぶようになります。そして、Le coeuryuzuが小規模なレストランであることから、小さく始め、互いの意見をぶつけて軌道修正しながら、現在の盤ができていった、と経緯をお話しいただきました。
渡邊氏は「食材も土によって育まれている。同じ地域の土から生まれた食材と器を使うことは、本来料理として当たり前のことだ。」と語り、ガストロノミーを加速させるための、料理人と陶芸家のこれからの関係性について以下のように述べました。
「土などの材料、窯、成形方法などの作り方によって、できること・できないことがある。相互理解が必要。窯元は、それを料理人にはっきり伝えるべきであるし、料理人はそこを理解しようとする姿勢が必要である。」
トークの中で料理人と窯元であるお二方がお互いを尊重し、理解しようとする真摯な姿勢が、とても印象的でした。
そしてトーク終了後には交流会が設けられ、参加者同士で積極的な意見交換が行われました。
イベント終了後にいただいた参加者の声をご紹介します。
「価値ある事はここの産地でしか味わえないとか、ここでしか焼けないとかだと思うので、実際に窯で焼いている時に見にいくことができると良いと思いました。」
「六古窯各産地の規模やものづくりは違うものの、このような企画によって連携することや、焼き物産地が抱える課題など、共有しつつ時代に沿って創り上げていくことを期待します。」
「料理を産地や生産者、土地の文化とともに味わうローカルガストロノミーにおいて、器づくりの歴史を育んできた六古窯の切り口で展開していくのはとても意義があると思います。」
参加者の皆様からは、六古窯の取組みに対し、前向きなご意見をいただきました。
今回の産地ツアーは、六古窯の歴史や文化、そしてその土地で育まれた器と食を味わい、理解とアイデアを深めていただく貴重な機会となりました。また、参加者同士の繋がりも生まれ、非常に有意義なイベントとなりました。
六古窯日本遺産活用協議会では、今後も各産地の固有の文化を取り上げ、産地内外の皆様との共創の輪を広げてまいりたいと思います。
<主催>六古窯日本遺産活用協議会、ミテモ株式会社
<協力(企画・運営)> H3 Food Design、株式会社Eat Cross
<協力(食)>Le coeuryuzu、陶の辺料理 魚仙
<協力(器・空間ほか)>卯山窯、谷寛窯、陶器屋、松庄、丸滋製陶、明山窯、佳窯、一般社団法人 シガラキ・シェア・スタジオ、信楽高原鐵道株式会社